頭髪処理促進装置事件

「半円形状(用語)」の解釈
1.事件の概要
民事訴訟事件番号
「平成15年(ワ)第13703号特許権侵害差止等請求事件(大阪地方裁判所)」

この事件は、「頭髪処理促進装置」に関する特許権(以下、本件特許権という)を有する原告が、被告による製品(以下、イ号物件という)の製造販売を本件特許権の侵害にあたると主張して、大阪地方裁判所にその差止め等と損害賠償を請求した事件です。これに対し、被告は、イ号物件が原告の特許発明の技術的範囲に属さないと主張して争いました。

大阪地裁の判決主文は以下のとおりです。
1.被告は、別紙イ号物件目録記載の製品を製造し、販売し、または販売の申し出をしてはならない。
2.被告は、別紙イ号物件目録記載の製品及びその半製品を破棄せよ。
3.被告は、原告に対し、1554万円998円及びこのうち、別紙遅延損害金起算日一覧表の各元本欄記載の金額に対し、これに対応する同表の各起算日欄記載の日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4.訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。
5.この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

2.本件特許の内容
特許請求の範囲の記載
本件発明は、理容や美容において、頭髪に向かって赤外線を照射してこれを加熱し、洗髪時の乾燥、頭髪の染色、頭髪のパーマネント、頭髪のウェーブ化等の頭髪処理の促進を行う「頭髪処理促進装置」に関するものです(特許第3306047号)。

なお、特許請求の範囲(請求項1)は、以下のとおりです。
(A)被施術者の頭髪に赤外線または遠赤外線を照射して頭髪処理を促進する頭髪処理促進装置において、
(B)半円形状を呈し、赤外線または遠赤外線を放射するヒータを有する発熱装置と、
(C)該発熱装置の半円形状の弦に相当する直線を回動の軸として、往復回動させる駆動手段とを備えた、
(D)ことを特徴とする頭髪処理促進装置。

本件訴訟における主な争点
(1)イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するか。
なお、本件訴訟では、他の争点として、原告の訴訟態度が信義則に反し、本件訴訟による権利行使は許されないことと、損害額とがありますが、それらは省略します。

注釈
被告は、「イ号物件において、回動軸を0度とした、ヒータフレーム及びヒータの弧の中心からそれぞれの先端までの角度は、ヒータフレームが173.4度、ヒータが170.9度である。」と主張するとともに、「本件発明の構成要件(B)では、ヒータが半円形状を有しているべきところ、イ号物件のヒータ4は、劣弧形状であり、しかも、部位毎に半径が異なるいびつな曲線形状であって、半円形状ではない。」と主張し、さらに、「本件発明の構成要件(C)では、発熱装置はその半円形状の弦に相当する直線を軸として回動すべきところ、イ号物件のヒータフレーム3は、劣弧形状であり、しかも、部位毎に半径が異なるいびつな曲線形状であって、半円形状ではないから、その半円形状の弦に相当する直線は存在しない。また、イ号物件のヒータフレーム3の回動は、支持軸6の延長線を軸とするものであるところ、その直線は、ヒータフレーム3の先端と基端とを結ぶ線とも一致しない」と主張しました。

 
この事件では、構成要件に含まれる用語「半円形状」の解釈が問題となりました。イ号物件は本件発明の構成要件(A)及び(D)を充足していましたが、回動軸を0度とした、ヒータフレーム及びヒータの弧の中心からそれぞれの先端までの角度が180度ではなく、さらに、イ号物件のヒータフレーム及びヒータは半円形状ではなく、劣弧状であり、本件発明の構成要件(B)及び(C)を充足するかが争われました。

 
3.裁判所の判断
(1)「半円形状」の解釈について
裁判所は、本件特許の内容及び効果を勘案しつつ、「半円形状」とは、完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で本件発明の効果を奏するような略半円弧状を含むと解釈し、イ号物件が本件特許の構成要件(B)及び(C)を充足すると判断しました。以下、判決文の一部を引用します。
本件明細書の記載に照らせば、本件発明は、?理容、美容において、頭髪に向かって赤外線を照射してこれを加熱して頭髪処理の促進を行う、頭髪処理促進装置に関し、?従来の複数の直管ヒータを用いたものは、スペースをとり、狭い理美容室での施術者の作業性を煩わすという課題があり、また、従来の直管ヒータ、リング状ヒータを回転させるものは、ヒータが頭髪に対し、直線状態になっており、曲線になっている頭髪に対し温度分布にムラが生じ、頭髪全体を均等に温度照射できないという課題があり、また、被施術者の頭部を均等に照射するために頭部を囲うような状態の軌跡を画くので、比較的大きなスペースを要することになり、狭い理美容室での作業性が悪くなるという課題があるところ、これらの課題を解決するために、発熱装置部分の動作軌道範囲を小さくして、動作時の必要空間を小さくし、もって施術者の作業性の向上を図るとともに、発熱装置からの熱を、無駄なく被施術者の頭部の加熱に用いて、被施術者の頭髪を均一にムラなく加熱し、もって頭髪処理の促進を効率良く行うことができるようにすることを目的として、特許請求の範囲記載の構成をとったものであると認められる。

構成要件(B)及び(C)の構成によって奏されるべき効果は、往復回動させて被施術者の頭髪を加熱することによって、動作時の必要空間を小さくするとともに、被施術者の頭髪を均一にムラなく加熱することにあると認められる。これらの効果のうち、前者の効果を奏するためには、発熱装置自体が半円形状である必要があり、また、後者の効果をそうするためには、ヒータ部分が半円形状である必要があるから、構成要件(B)において半円形状に構成されるべきは、ヒータ及び発熱装置の双方であると解される。

ところで、このような構成要件(B)及び(C)によって奏されるべき効果に鑑みれば、構成要件(B)でいう「半円形状」のヒータ及び発熱装置とは、中心角が180度の「完全な」半円弧状のもののみを指すものではなくこれとほぼ同一で、上記効果を奏することができるようなものであれば、わずかに中心角が180度に満たないものや、部位ごとにわずかに半径が異なるものといった、略半円弧状のものも含むと解すべきである。
すなわち、本件発明は、人間の頭髪に向かって赤外線等を照射して加熱するための装置に関するものであるところ、人間の頭髪自体、頭部のうち完全な半球状の部分に均一に存在するなどといったものではないうえ、被施術者が施術に要する時間中、頭部を完全に固定し続けることが期待できないことは自明である。

そして、加熱の対象が完全な半球状ではないため、ヒータの半円弧状をどれだけ「完全な」ものにしても、厳密な意味で被施術者の頭髪を均一にムラなく加熱することは原理的にも実際的にも不可能であって、そうである以上、ヒータの形状については、半円弧状が「完全」か否かということに意味が存在しないこともまた自明だからである。また、発熱装置の形状についていえば、動作時の必要空間を小さくする目的は、理美容室における施術者の作業性の向上であるから、これもまた、「完全な」半円弧状でなければならないものではないからである。

したがって、構成要件(B)でいう「半円形状」とは、完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で、上記効果を奏するような略半円弧状を含むものと解するのが相当である。
そして、このような略半円弧状のうち、中心角がわずかに180度に満たない発熱装置をもって構成し、かつ、その現実の端部の一方又はその付近が回動軸と接続しているときには、回動軸を0としたときの発熱装置の中心角も180度にわずかに満たないものとなるのであるから、構成要件(B)、(C)によって奏されるべき効果に照らせば、回動軸と発熱装置との接触点と、他方の端部を回動軸を0として中心角が180度に達するまで延長したと仮定したときに達する点とを結ぶ直線(すなわち、回動軸の延長線)をもって、構成要件(C)にいう、発熱装置の半円形状の弦に相当する直線であるということができる。
以上を前提としてイ号物件を見るに、イ号物件において、発熱装置に相当するヒータフレーム及びヒータについて、回動軸(支持軸)を0とした、弧の中心からそれぞれの先端までの角度は、少なくとも、ヒータフレームは173.4度以上、ヒータは170.9度以上であることは当事者間に争いがない。

そうすると、イ号物件のヒータフレーム及びヒータについて、中心角180度の完全な半円弧との中心角の差は、それぞれ6.6度以下と9.1度以下となる。

そして、イ号物件において、回動軸に接続されていない側のヒータの端部と、回動軸の延長線との距離は、3.8センチメートルにすぎない。この程度の差が存在することによって構成要件(B),(C)により奏されるべき効果が生じなくなるものとは考えられない。また、イ号物件のヒータフレーム及びヒータの形状は、仮にこれが正確な円弧を描いたものではないとしても、略半円弧状であると認めることができ、構成要件(B),(C)により奏されるべき効果が生じなくなる程度にまでいびつな曲線形状になっていると認めることはできない。
以上のとおりであるから、イ号物件のヒータフレーム及びヒータの形状は、構成要件(B)にいう「半円形状」であると認めるべきものであり、したがって、イ号物件は構成要件(B)を充足するということができる。

そして、イ号物件のヒータフレームについて、その一方の端部付近が回動軸に接続されており、回動軸を0としたときの発熱装置の中心角も180度にわずかに満たないものとなることは認めることができるところ、発熱装置の半円形状の弦に相当する直線は上記のとおりと解することができるから、イ号物件は構成要件(C)も充足するということができる。
 
4.私見
■前記判決では、本件発明の効果を考慮したうえで、「半円形状」を「完全な半円弧状に限らず、これとほぼ同一で上記効果を奏するような略半円弧状を含む」と解釈しました。
機械構造の発明では、特許請求の範囲の記載が具体的かつ限定的な場合が多く、用語の意義を厳格に解釈すると、文言侵害に該当せず、侵害を容易に回避することができるという不合理な結果となる場合があります。

この判決は、特許請求の範囲に記載された用語の意義を発明の作用効果を考慮して合理的に広く解釈することで、特許権による権利行使を容易にした点で妥当な判断だと思います。

なお、特許請求の範囲に何々形状と形を限定した記載をすることはなるべくなら避けるべきだと思います。

仕方なく形を特定する場合は、略何々形状というように「略」を使うことができますが、「略」を使ったからといって実施の形態に異なる形状の例示がなければ、「略」が無意味になってしまいます。略何々形状とした場合、考えられる形状を図面と文言とで開示するべきでしょう。

余談ですが、中国出願において「略」を使うと、「略」を削除する指令がかかるようです。